【旅行手配業務】旅行業は給料と比例していない。旅行業以外では使い物にならないような人が多い業界

【旅行手配業務】旅行業は給料と比例していない。旅行業以外では使い物にならないような人が多い業界

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
24歳

【当時の職業】
大手旅行代理店で、団体旅行の手配や、個人旅行の手配をしていました

【当時の住まい】
賃貸アパート一人暮らし

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今は退職し主婦





【就職のきっかけと経緯】
高校卒業後、添乗員派遣会社に初めて派遣社員として働いた後、一般の旅行代理店に正社員として入社しました。
その際は、大学教授の学術渡航の手配が中心でしたが、飛込営業が多かったので苦痛だった為、添乗員時代の知人の紹介で大手旅行会社に契約社員として入社しました。

【環境と仕事内容】
団体旅行以外で、個人のニーズに合わせたオリジナルの旅行手配をするのが主な仕事でした。
団体にツアーとは異なり、知識が必要となる部署でした。
お客様の予定に合わせ、どこの航空会社が良いか、コストなども重要視されるため各国の航路などが頭の中に入っていないと案内が出来ません。
部署の人数は5人ほどでした。
昼間は、問い合わせやカウンターでの対応があるため、毎日、就業時間外で仕事をしていました。
休日は、土・日でした。
お給料は、専門的な仕事に対して評価されている金額ではなく、150,000円ほどでした。
生活するのにギリギリでした。
新しい人が部署に来るたびに、仕事を教えていました。

【大変だった時期】
入社当初は、団体ツアーの手配をしていました。
8年目に部署の移動があり、個人旅行の手配をするようになってからです。




【大変だったこと】
その部署は、団体ツアーの方では役に立たない社員が移動してくると言われるような部署でした。
実際、団体ツアーと個人旅行は異なるので、お客様へ回答などは、スピードも要求されます。
海外の手配などは時差もあるので、返答が遅くなることもありました。
仕事のできない上司は、仕事を常に人に押し付けてくる人でした。
残業をするなと言われますが、仕事の量が格段に違うにも関わらず、自分は定時に帰るんです。
しかも、部下に仕事を押し付けて。
その上司とぶつかるのは年中あったので、次第に話をしなくなりました。
自分よりも出来る人がいると、自分の手柄のようにするのです。
一生懸命、時間外もやっている部下には信用はなかったですね。
毎晩遅い日が続き、体調不良を起こし、入院したこともありました。

【大変だった期間】
入社して10年続きました。




【当時の心境】
仕事自体は、自分の好きな仕事であったので苦痛とは感じませんでした。
しかし、部署の成績が良くなると、まるで自分の手柄ですと言わんばかりに部長などにゴマすりに行く上司を見ると、本当に吐き気がしました。
一生懸命しているのは部下なのに。
契約社員でいることは将来の不安はいつもつきものでした。
毎年の更新で査定があります。
合計10年になるかならないかで退職したのですが、プライベートな時間を使って、安い金額で海外旅行が出来たことは大手旅行会社にいたからだと思います。

【職場が大変だった原因】
団体ツアーを主に扱う大手旅行会社には、全ての手配をできるようなプロフェッショナルはいません。
しかも、知識と経験がものをいうような個人旅行の手配が出来る人はほぼいませんでした。
団体旅行の低迷下が問題視されるようになってから、大手旅行会社も個人旅行、小グループの旅行に、目を向け始めた時期でした。
仕事内容を考えると、就業後の残業は仕方のないことでした。
一つ一つの仕事を丁寧にし過ぎたことも要因にはなると思います。




【仕事で良かったこと】
同僚がいると休みの前の日に食事に行ったり、休みの日を使って旅行に行くなど充実していました。
平日は頑張って、休みの日は大いに遊ぶスタイルが10年続きました。
みんな、その時は仕事のきつさも忘れることができました。
年に何回か旅行会社勤務者が利用できるモニターツアーなんかにも参加していました。
団体ツアーの時は、個別にお客さんと仲良くなることもありませんでしたが、カウンターにお土産を持って遊びに来てくれるお客様もいました。
お客さんと触れ合うことで、喜ばれている姿を直接聞くことが出来ました。
また、励まされることもあり、仕事のやりがいを感じました。




【特にひどかった最悪の出来事】
ちょうどアメリカのテロ事件の時でした。
アメリカの飛行機が全て飛ばなくなり、その時点でアメリカ行きの手配をしている団体旅行、個人旅行のリストをあげてお客様の安全を確認する必要がありました。
日本との時差があるため、深夜まで海外との電話のやり取りがありました。
英語を話せる人間は、100人以上いる会社で2人でした。
お客様を心配する気持ちもありますが、上司は残らず、自分たちだけで連絡をとっていたことがあります。
その際も、部長よりよくやってくれたと言われた時も、そのしょうもない上司は、自分がやっていたかのような口ぶりで話していたことを今でも忘れられません。
その上司は、一緒にいるどころか自分だけ定時に帰宅して、私たちの報告だけを聞いていました。




【相談した人・助けてくれた人】
他の部署の上司がよく食事などに連れて行ってくれて、今の上司についての悩みを聞いてくれていました。
ハードな仕事も理解してくれていて、自分たちの立場を良くするように力を貸してくれました。
時には、仕事を手伝ってくれるような人たちもいました。

【改善のための行動】
残業が多くなっている理由を上司に報告しました。
仕事内容の見直しや、人員配置の相談を行いました。
各部署に予算が充てられていることもあり、なかなか現実になるには時間がかかりましたが、経験者の人を入れるなどの配慮は実現されました。




【現在の状況と心境の変化】
もともと趣味が仕事になったようなものでしたので、充実した毎日を過ごしていたと思います。
必死に仕事をしていたので、10年という月日はあっという間でした。
現在は、旅行業を辞め、再婚したこともあり、主婦をしていますが、あの忙しかった日々が懐かしいほどです。
良い経験をしたと思っています。
今は、アメリカに住んでいることもあるので、旅行のガイドさんをしてみたいとも思っています。
結局、旅行業が大好きなんです。

【学んだこと】
まず3年は文句を言わずひたすら働くことです。
サービス残業をすることもありましたが、その分、旅行業のすべてを知ることができました。



【当時の自分へのアドバイス】
初めから出来る人はいません。
失敗をしてもよいので、思いっきり仕事をしたほうが良いと思います。
上司は、部下が失敗をしたときに頭を下げてくれます。
その分、実質的な仕事はせず、良いお給料をもらっているのですから。
また、旅行業は毎日が刺激的で知識を沢山得る事ができます。
こんなに魅力的な仕事はないと思います。
お客様は常にスペシャリストを求めています。